鞴祭(ふいごまつり)
古来からの鍛冶職の伝統ある年中行事として、11月8日に鞴祭が行われている。鍛冶屋祭?お火焚きとも言われ、その由緒については、神話伝承や民間伝承として種々語られ、これら諸説を異にして定かでないが、明治年間ころには11月7日は早々に仕事を片付け、午後から仕事場を神聖な場として、掃除と棚飾りが行われ、お火焚きの準備(輔の前に槍材を細く刻んだ材を井桁に、高さ50cmほどに櫓に組み立て、その上に蜜柑一つを乗せる)を整え、鞴に神酒?洗米?塩?灯明を供え、祭りが行われてきた。
昭和に至ると、これらの準備は、8日当日行われ、槍材も松割木となった。
鍛冶職の家では、当日の午後になると、神事のあとに櫓の下部から焚き上げ、櫓の上に乗った焼けた蜜柑を食べると、夏病みしないといい、櫓が燃え上るとき倒れなくて燃え具合いがよいと、家運が繁昌するという伝承がある。
このお火焚きの行事が済むと、神前に供えられた蜜柑や餅が撒かれた。
この鞴祭は、農鍛冶の家々でも行われていたが、太平洋戦争に至るころには物資の不足から後絶えてしまった。
|